ひがしむらやま551// 
2014/01/27 (Mon) 2連の551系

551系の2連の話の続きになります。

皆様からのコメントを頂き、末期の551系2連の様子が想像出来はじめてきたところに、
大変貴重な写真を頂く事ができました。Webでの紹介の許可を頂きましたので掲載致します。
上石神井?でしょうか。西武新宿幕の551+571です。
551に見えたのですが、清68さんからの指摘で「え!違う?!@_@」ってなってます。

DSC01661-1.jpg

逆側から。  
これがなぜ551系2連じゃないかと言うと、台車だそうです。
言われてみたらまさにその通りで、イコライザを履いた2連って無いんですよね。

DSC01662-1.jpg

時代的には私が幼稚園~小学生低学年の頃かと思うのですが、赤電が4連で本線、、って記憶はほとんどありません。
571系2連が存在する以上、自分も存在してるんですが^^;

あとはこちら、多摩川線の551系の写真です。
と言っても半分は601系なのでややこしいですが。。
DSC01663-1.jpg


DSC01664-1.jpg

551系の特徴の一つが、運転席にある無線機ですね。
本当に昭和な形で愛らしいです。
ヤフオクに出たら即買ってしまいそう(笑)

貴重な写真頂き有難うございました。
この場を借りて御礼申し上げます。

寒い日が続きますが、今度の週末は上信電鉄へ行ってくる予定です。
いつも高崎線から横目に451系を眺めるだけですが、もう少ししっかり見てくる予定です。

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私の場合は351系・101系159Fの赤電・おととしの伊豆箱根の赤電を除くと小学校のころの遠足で小手指の赤電の廃車体と狭山市で買い物で南入曽の赤電廃車体しか見た記憶がありません。幼いころに数回しか乗った記憶があるけどどの車両なのかは覚えていません。
ユネスコ村の551系が唯一私が撮った551系の写真があるだけです。
小学校高学年~中3の6月23日まで351系に乗った記憶と小山病院のクモハ351の見物と撮影・平成8年~9年の横瀬のクモハ355に乗ったことは覚えています。
この後もいつになるのかわからないけど、仲間の許可を得て赤電の写真の更新をしてほしいので楽しみにしています。

2014/01/27 22:26 | 大相撲快速 [ 編集 ]


 

>大相撲快速さん

私も当時は黄色と赤、吊り掛けとカルダンでしか判断していなかったので、編成などの組み合わせなどはほぼわかっていなかったです。

ユネスコの551系も見てるはずなんですが、全く記憶に無く・・。--;
>>仲間の許可を得て
仲間と言うよりも、大先輩の方なので・・。
この写真を提供して下さった方はこの他にも「え!!!」っと驚くような写真を沢山撮っていらっしゃるので、もし公開ができるようであれば多少紹介させて頂きます。
401系の2連の急行とか、2000系の狭山湖幕とか、目を丸くするものが多いです。

2014/01/27 22:43 | KUSU [ 編集 ]


 

懐かしい写真をありがとうございます。
記憶の彼方の情景がよみがえります。こんな時代、確かにありました。ついこの間の気がしますが、もう30年近く経ってしまいました。早いものです。
ところで、上石神井の写真、571のお相手は451+1651ではないでしょうか。クモハ571以外全てイコライザ台車のようなので。僭越ながら…。

2014/01/28 01:02 | 清68 [ 編集 ]


 

>清68さん

こんにちは。コメント待っておりました☆
ご指摘ありがとうございます。
451+1651って、そんな予想もしてない編成が居たとは・・。

この571系のすぐ後ろの編成は何の車両なのでしょうか?
571+?+451+1651。

しかし、赤電MLメンバーの方々の知識とか見るところとか、本当に凄い・・。いつもながら恐れ入ります。

2014/01/28 09:05 | KUSU [ 編集 ]


流転 

多摩川線の2連は流転の末路のような感じを持っています。
1411+451の編成から1411を廃車にし、701へのモハ編入冷改で余剰となった1601の貫通路を狭く改造してあてがった(形式1651)のが2枚目の画像
411から冷改401で赤電増結2連が足りなくなって、6連551の中間車を抜き取って運転台を付けたのが571+1571
赤電の廃車が進んで本線で用がなくなった551を老朽451と置き換えて1651と組んだ、という流れだったと記憶しています。
本線4連末期には551はすべてFS40に履き替えていましたから、清68さんのコメントは正確です。
いずれにしても2個ひと組の側窓など、どの車両もデザインが共通だったことで何の違和感もなく組み合わさっています。

2014/01/28 15:15 | ホビぽっぽ [ 編集 ]


 

>ホビぽっぽさん

書き込み有難うございます。
すっごく分かり易い解説で助かります!
当時の組み替えって本当に趣味的に面白いですね。

一番上の写真の2両目の車両、WEBだと不鮮明ですが手元の写真で見ると確かにイコライザ台車です。
571系も違う形式と組んでいたのでしょうか?

とにかく、赤電の各形式は少々歴史が複雑で素人の私にはどれもが新鮮なお話です。

2014/01/28 19:47 | KUSU [ 編集 ]


 

こんばんは。
>571系も違う形式と組んでいたのでしょうか?
これはFS40に交換される前のクハ1571です。
ホビぽっぽさんのご説明の通り、551系の付随車はTR11AからFS40に交換されました。これは571も同様でした。
交換は1981年頃までに行われたと思われ、TR11A時代は3年足らずだったことになります(鉄コレ571のパッケージ写真がその状態です)。
お見せいただいた写真は、クハ1571がこのTR11Aなので、551はまだ2連になる前の時代です。且つ連結相手の編成の1651もTR11A、それと組んだクモハもTR14A?となれば、こちらのクモハは451だろうということになりました。
従って、編成は571-1571+451-1651ですね。
言葉が圧倒的に足りなくて混乱を招きすみません。

2014/01/28 21:16 | 清68 [ 編集 ]


こんばんは 

皆さんご指摘の通り、571系の後ろはクモハ451ですね。

クハ1411を全廃した時に余剰だったクハ1601を改造してペアになりました。連結部窓は広幅貫通路サイズで貫通路だけ狭いという妙な改造車でしたね。>クモハ451とペアを組んでいた頃のクハ1651

後にクモハ551に相棒が変わり、貫通路も元に戻してもらいました。

これらの2連は、451とのペアでは切妻と湘南顔、551とのペアでは、塗装サッシ+アルミハニカムドア(551)とアルミサッシ無塗装+Hゴム鋼板ドア(1651)、といった具合で、どうしても寄せ集め感がありましたね。

2連の急行は多摩湖線では普通でしたよ。萩山で後ろに2連or4連の連結でした。概して拝島線側が長いので、8連になっても多摩湖線側は2連だったりしました(2+2→2+4→2+6,4+4→4+6)。

2014/01/28 22:02 | MiO [ 編集 ]


 

>清68さん
なんと分かりやすい解説を下さるのでしょう。。
本当に知らない事だらけでお恥ずかしいです。
と、同時に圧倒的な皆様の知識と好奇心に脱帽状態です。
571系の台車もチグハグな時代があったのですね。
また分からない写真が出てきた時にはとびきりの解説お願いいたします!


>MiOさん
ありがとうございます・・!
しかし、601系の貫通路ってその都度変えられたんですね。。改造するのも戻すのも一苦労。。
2連の急行、多摩湖線では普通だったのですね。
なんとなんと・・そんな時代があったとは。。

以前拝見した写真は花小金井で撮られた2連の急行で、その時はゴルフ急行だと聞きました。
「401系で運転されたのは2回くらいしかなかったかな」と当時の運転士さんが言っていたので、物珍しい写真かと思います。


Mioさんも清68さんも、6月の上旬頃を少し楽しみに待っていてください。
自分なりにイベントを考えております。
最悪、イベントが出来なくても553のお面使って撮影会でもします。

2014/01/28 22:59 | KUSU [ 編集 ]


台車の思い出 

KUSU様 皆さま

続けての投稿失礼します

西武は他の私鉄と違って台車の流用・振り替えが非常に多く、マニア泣かせというか喜ばせというか、とにかく伝統のようなところがあります。
赤電時代のTR11・14はもとより、FS40にしても411→冷改401の過程で発生したものを551や571に持ってきたと思われます。
この伝統はFS372/072の一部など近年まで盛んでした。

101系サハ1301と並んで、サハ1551がFS40に履き替えた時は乗り心地がとても良くなって、軽いので音も静かだった記憶があります。
551系はブレーキ緩解も他の赤電のようなシャーという音ではなく、ツォーという配管やタンクにエアーを詰め込むような音がしましたっけ。

私の記憶には拝島・多摩湖行きは2+4で多摩湖行きが701など4連で拝島行きが2連というパターンによく当たり、拝島線ののどかなイメージを強調してくれました。
長文ですみません

2014/01/29 20:19 | ホビぽっぽ [ 編集 ]


 

ブレーキ緩解音の違い
551系と801系は、AM67Eというブレーキ装置(通称「67弁」)で、緩めた時の音が「クォ~」(または「フォ~」という)音でした。
その他の赤電はAMAEという「シュー」というブレーキ音のする装置です。
以前横瀬の展示で、元運転士さんと思われる方々がブレーキ弁のお話をしていて、伺ったところ、67弁のほうが応答が良かったということでした。
2連の電車
萩山に住んでもうすぐ40年になりますが、昔(昭和50年頃まで)は、萩山併結・解放の拝島線・多摩湖線ともに2連で、萩山で連結しても4連という編成が多数ありました。8両(後年10両)に対応した萩山のホームに短い2連が停まっているのはアンバランスでした。
当時の写真がありますので、近いうちに拙ブログで発表いたします。

2014/01/29 22:44 | つのすけ [ 編集 ]


 

>ホビぽっぽさん

やはり台車が変わると乗り心地とともに音も変わるのですね。
ツォーって音懐かしいです。
一畑に行ったデハ60形はあの音はしなかったのですが、あかぎ号のブレーキがまさにその音でした。

拝島行きが当時2両っていうのを考えると、だいぶ宅地化が進んだんですね。西武立川の駅前以外は・・^^;

551系のモーター出力とか、細かいスペックはわからないのですが、あの重々しい音は他私鉄の吊り掛けと比べても痺れます。一畑の運転士さんも、デハニとは違う重厚な音が魅力だったって言っておりました。


>つのすけさん

通称「67弁」ですか・・。
なんてマニアックな世界の単語なんでしょう。。

当時801系もそうだったんですか?
つのすけさんのページにも書いてありましたが、801系を一番美しい赤電と位置付けていらっしゃる方、本当に多いですね。
T田さんも確かそう仰られていたような?

ブログでの写真の掲載楽しみにしております!

2014/01/30 10:54 | KUSU [ 編集 ]


音も懐かしい思い出です 

551系は451系とほぼ同じ足回り(他の方のご指摘のように、ブレーキ系とか機器関連の微妙な違いはあります)でして、それはもうけたたましい(^^;;)力行音でした。線路沿いの道を歩いていると、声が聞こえなくなるだけでなく、心臓が痛くなるくらいの重低音を響かせていました。

351系も501系の頃とは異なり換装された台車(モーター)は同じ系統でしたが、多摩湖線はとにかくのんびり走っていたためか、そんなにうるさく感じませんでしたね。

ネットで録音された音を聞くことも出来るようになりましたが、実際の腹に響く感じの音は、体感しないと分からないと思います。

2014/01/30 21:36 | MiO [ 編集 ]


 

>MiOさん

そうですよね。
ただ、私も551の現役時代を知っているとは言え
本線で見ていたのは6歳くらいまでです。
その後は高校時代にあかぎ号、そして社会人になってから一畑デハ60の吊り掛けを「腹」で感じたわけですが、
一畑がグググって来ましたね。不思議と三岐の607Fより音が重かったです。廃車回送だったのでホームから見送っただけですが、あの響きは本当に忘れられないです。

2014/01/31 09:03 | KUSU [ 編集 ]


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21世紀も西武の赤い吊り掛け電車に恋するブログ。
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